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名古屋地方裁判所 平成10年(行ウ)32号 判決

原告

柴田孝介

右訴訟代理人弁護士

滝田誠一

井口浩治

海道宏実

佐久間信司

新海聡

杉浦龍至

杉浦英樹

竹内浩史

西野昭雄

平井宏和

森田茂

被告

愛知県知事

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

後藤武夫

右指定代理人

金田礼市

外六名

主文

一  被告が、原告の平成一〇年四月二四日付け公文書公開請求について、平成一〇年五月八日にした一部(総務部財政課の平成一〇年三月のタクシー使用料に関する請求書に添付された使用済みタクシーチケット)不受理処分を取り消す。

二  本件その余の訴えを却下する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

一  主文一項と同旨

二  被告は原告に対し、総務部財政課の平成一〇年三月のタクシー使用料に関する請求書に添付された使用済みタクシーチケットを公開せよ。

(予備的請求)

一  被告が、原告の平成一〇年四月二四日付け公文書公開請求について、平成一〇年五月一五日にした一部(総務部財政課の平成一〇年三月のタクシー使用料に関する請求書に添付された使用済みタクシーチケット)不受理処分を取り消す。

二  被告は原告に対し、総務部財政課の平成一〇年三月のタクシー使用料に関する請求書に添付された使用済みタクシーチケットを公開せよ。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が愛知県公文書公開条例(以下「本件条例」という。)に基づいてした使用済みタクシーチケット等に関する公文書の公開請求に対し、被告が使用済みタクシーチケットは公文書に該当しないとする回答をしたため、原告がその取消しを求めるとともに、公開を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  当事者

原告は愛知県の住民であり、被告は愛知県知事として本件条例二条一項の実施機関である。

2  本件処分

(一) 原告は被告に対し、平成一〇年四月二四日、本件条例七条に基づき、総務部財政課の平成一〇年三月のタクシー使用料に関する支出金調書、請求書及び請求書に添付された使用済みタクシーチケットの公開請求(以下「本件公開請求」という。)をした(甲一)。

(二) 愛知県総務部長は、原告に対し、平成一〇年五月八日、本件公開請求のうち、総務部財政課の平成一〇年三月のタクシー使用料に関する請求書に添付された使用済みタクシーチケット(以下「本件使用済みタクシーチケット」という。)は、本件条例二条二項に規定する公文書に該当しないため、当該部分に関する請求は受理できないと回答した(甲二。以下「本件回答」という。)。

(三) 被告は、原告に対し、平成一〇年五月一五日、本件公開請求のうち、総務部財政課の平成一〇年三月のタクシー使用料に関する支出金調書及び請求書に関し、一部公開する旨の公文書部分公開決定をなし(以下「本件決定」という。)、通知した(乙一)。

3  本件条例(抜粋)

(一) この条例において「公文書」とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真及びスライド(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、決裁、閲覧等の手続が終了し、実施機関が管理しているものをいう(二条二項)。

(二) 実施機関は、前条に規定する請求書を受理したときは、当該請求書を受理した日から起算して一五日以内に、請求に係る公文書の公開をするかどうかの決定をしなければならない(八条一項)。

(三) 実施機関は第八条第一項の決定について、行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)の規定に基づく不服申立てがあったときは、当該不服申立てが不適法であるときを除き、遅滞なく、愛知県公文書公開審査会の審査を経て、当該不服申立てについての決定をしなければならない(一一条)。

三  争点及び争点に対する当事者の主張

1  被告の各行為が、抗告訴訟の対象となる公権力の行使に該当するといえるか。

(原告の主張)

(一) 本件回答は、本件条例に基づいて原告に権利として認められた申請行為を拒否するものであるから、不受理の行政処分として、抗告訴訟の対象となる。

(二) 仮に、本件回答が、事実の通知であって行政処分ではないとしても、被告は、原告の本件公開請求に対し、本件決定をなしているところ、同決定は、本件使用済みタクシーチケットは公文書ではなく、その部分について受理されないということを前提に、それ以外の公文書についてのみ一部公開を決定したものであり、本件決定において、本件使用済みタクシーチケットの公開請求に対する不受理処分が行われたというべきである。

(被告の主張)

(一) 本件回答は、次のとおり、事実の通知に過ぎず、抗告訴訟の対象となる公権力の行使には当たらない。

(1) 抗告訴訟の対象となる公権力の行使とは、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」と解される(最高裁昭和三九年一〇月二九日判決民集一八巻八号一八〇九頁)。

(2) 本件条例の定める公文書公開請求権は、憲法二一条で保障された権利そのものではなく、あくまでも公正で開かれた県政の実現を目的として、本件条例によって具体的に創設された権利であり、その法的な性格の解釈に当たっては、本件条例の規定する文理及び趣旨に則してなされなければならない。

ところで、その行政庁の行為の根拠となる法規によれば、その行為によって発生するものとされる法律上の効果が、なお、一般的抽象的な性格が強く、行政処分性が基礎付けられるほどに法律上の地位に対する影響が生じるものであるかどうかに疑問の余地があるが、立法政策として、そのような行為に対する行政不服審査法による不服申立て等を認め、争訟性があるものとすることによって、その行為を抗告訴訟の対象たり得るものとする場合がある。

本件条例一一条は、実施機関が本件条例八条一項に基づいてなした請求に係る公文書を公開しない等とする決定に対する行政不服審査法に基づく不服申立ての手続を規定しているが、本件条例がこのように行政不服審査法による不服申立て等を求め、争訟性があるものとしているのは、あくまでも本件条例二条二項において定義する「公文書」の公開請求に対する決定についてであって、右定義の範疇から外れる文書の公開請求という、本来本件条例が県民等の権利として認めていない行為に対し、愛知県において事実上応答することに対してまで、行政不服審査法による不服申立て等を認め、争訟性を与えているものではない。

(3) 本件条例に基づく公文書公開請求の対象となる「公文書」とは、①実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した、②文書、図画、写真及びスライド(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、③決裁、閲覧等の手続が終了し、④実施機関が管理しているもの、という四つの要件を満たした文書をいうものとされている(本件条例二条二項)。

本件使用済みタクシーチケットは、①②及び④の要件は満たすが、③の要件を満たさない。すなわち、愛知県情報公開懇談会(以下「情報公開懇談会」という。)の報告書に記載された理由及びこの考え方に沿ってなされた愛知県議会の総務企画委員会における審議等、立法過程の検討経緯に照らすと、公開の対象となる公文書とは、県が当事者として責任を持ち得る情報が記載された文書、つまり、決裁、供覧等の公的処理の対象となる文書であって、当該手続を終えることによって機関意思が加わった公文書に限定する趣旨であることが明白であるから、③の「決裁、閲覧等の手続が終了」とは、愛知県事務決裁規程、愛知県文書管理規程のような、実施機関において定めている事案決定等に係る手続の対象となる文書であって、当該手続が終了した文書をいうと解され、「決裁、閲覧等」の「等」には閲覧に準ずる「供覧」及び「回覧」が含まれているにすぎないのである。ところが、本件使用済みタクシーチケットは、債権者から提出された請求書の利用日、金額等の内容のチェックに用いられるものの、以後の支出命令発出の手続においては、愛知県財務規則六四条二項に基づき、右請求書のみが添付され決裁に回されるのであり、決裁、閲覧等の手続に供されないから③の要件を満たさないのである。

(4) よって、本件公開請求のうち、本件使用済みタクシーチケットの公開を求める請求は、本件条例が定義している「公文書」に該当しない文書の公開を求めるものであるから、本件条例八条一項所定の「請求に係る公文書の公開をするかどうかの決定をしなければならない」場合には当たらない。

(5) 本件回答は、愛知県総務部長が、原告に対して、本件公開請求のうち、本件使用済みタクシーチケットの公開を求める請求は、本件条例所定の公文書公開の要件に該当しないので受理できない旨の内容を伝える事実の通知にすぎない。このことは、本件回答は、手続的にも、公開、部分公開、非公開の決定通知書とは異なる様式・方法によって請求者に通知されていること、実施機関の長とは別の愛知県総務部長名で通知されていること、不服申立ての教示もないことなどから明らかである。

(二) 本件決定は、本件公開請求のうち、本件条例所定の「公文書」に該当する支出金調書及び請求書の公開請求について、それが適法なものであるとの前提の下に、右各公文書中に本件条例六条一項二号、三号及び六号に該当する部分があるとの理由によって、それらの部分を除いた部分を公開する旨の決定である。したがって、本件決定では、本件使用済みタクシーチケットの公開非公開についての決定は何らされていないから、本件決定は、本件使用済みタクシーチケットの公開請求に対する不許可処分ではない。

2  本件使用済みタクシーチケットは、本件条例二条二項の公文書に該当するか。

(原告の主張)

本件使用済みタクシーチケットは、実施機関の職員が職務の範囲内において取得した文書であり、単なる備忘的メモや参考資料ではない。

また、本件条例二条二項の「決裁、閲覧等の手続が終了し」としているのは、決裁及び閲覧という形式にこだわらず、所定の手続が終了したことを求めているにすぎない。同項が、決裁、閲覧の手続が終了する前の文書を公開請求の対象となる公文書から除いているのは、決裁、閲覧の手続が終了していない段階、すなわち事案が未処理の段階にある文書については、事案の適正な処理のために未だ公開に適さないと考えられるからであり、そのような文書も決裁、閲覧の手続が終了すれば公開請求の対象となる。そして、決裁、閲覧の手続の終了した文書を公開しながら、決裁、閲覧の手続が予定されていない文書を公開の対象から除外すべき合理的理由はないから、同項は、決裁、閲覧の手続の予定されていない文書については、その終了を要件とせず、事案処理のための使用が済めばその段階で公開の対象となる公文書に含める趣旨であると解すべきである。

本件使用済みタクシーチケットは、決裁の手続が予定されていないものの、実施機関の職員が職務上取得し、請求書と照らし合わせてチェックされたうえで保管されている文書であるから、所定のチェック手続が済んだ段階から、公開の対象となる公文書に含まれる。

以上のように、本件使用済みタクシーチケットは、本件条例二条二項の要件を全て満たすものであるから、本件条例において公開の対象となる公文書に含まれる。

なお、被告は、対象情報の内容について、県が当事者として責任を持ちうるものでなければならないとの要請があると主張するが、それは、職務性の要件として考慮されるべきことであり、これをもって「決裁、閲覧等の手続を終了し」の文言の解釈を限定することは許されない。

(被告の主張)

争点1(被告の主張)(一)(2)(3)のとおり

3  請求二について、無名抗告訴訟(義務付け訴訟)の要件を満たしているか。

(原告の主張)

義務付け訴訟は、行政庁の第一次的判断権を侵害するから、明自性の要件、緊急性の要件、補充性の要件を満たす場合でない限り認められないとされているが、本件においては、次に述べるとおり右三つの要件を全て満たす。

(一) 住民から公文書公開請求がなされた場合、実施機関は、当該文書に本件条例六条一項各号所定のいずれかの情報が記載されていなければ、当該文書を公開しなければならないのであって、そこに実施機関の自由裁量の働く余地は全く無い。本件使用済みタクシーチケットに記載されている情報は、乗車日時、乗車区間、料金、使用者名(職員)、タクシー会社名であって、これらは本件条例六条一項各号所定のいずれの情報にも該当しない。

したがって、本件においては公開を命じたとしても実施機関の第一次的判断権を侵害するものではなく、明白性の要件を満たしている。

(二) 総務部財政課の保管する使用済みタクシーチケットは、従来、タクシー会社への支出がなされて間もなく廃棄されていたものであり、平成一〇年三月分以降、監査委員会の要望で一年間保管されることとなったものである。被告は、かつて、従前の使用済みタクシーチケットの公開請求に対し、すでに廃棄されて存在しないことを理由に不受理処分をし、その後なされた本件公開請求においては、本件使用済みタクシーチケットを廃棄したと主張することができないため、公文書ではないという理由で本件回答又は本件処分をした。このような被告の徹底した情報非開示の姿勢からするならば、被告が、本件訴訟を長引かせ、あるいは、本件回答又は本件処分の取消しが確定した後、非公開情報に該当するとの理由で非公開決定を行うなどして、本件使用済みタクシーチケットの公開を先延ばしにし、その間に保管期間が過ぎたとして本件使用済みタクシーチケットを廃棄してしまうおそれが極めて大きい。そうなれば、不受理処分の取消しは全く無意味になってしまうのであって、不受理処分の取消しと合わせて公開を命ずる判決を求める必要性が極めて大きいとともに、それ以外に原告の公文書公開請求権を実現する適切な救済方法はない。

したがって、本件においては、緊急性の要件及び補充性の要件も満たしている。

(被告の主張)

(一) わが国の行政事件訴訟法は、原告たる者の救済と行政の遂行の便宜のバランスをいかに確保するかに関して、明確に取消訴訟中心主義に立脚しているのであり、原告が請求二において求めているような、申請満足型義務付け訴訟は、原則として許されず、現行法上は、申請拒否処分の取消訴訟の途をとるべきである。

本件回答あるいは本件決定が、抗告訴訟の対象となる公権力の行使としての性質を有しているとすれば、原告はすでに請求一において、その取消しを求めているのであるから、それ以上に申請満足型義務付け訴訟の性格を有する請求二のような請求をすることは不適法な訴えの提起として許されない。

(二) 仮に、(一)が認められないとしても、請求二は、次のように、明白性・緊急性・補充性の三要件を満たしていない。

(1) 本件使用済みタクシーチケットが「公文書」であるとされた場合には、実施機関はこれを公開するか否かを判断するに当たっては、本件条例六条一項各号所定のいずれかの情報が記載されているか否かの判断をすることとなるが、本件使用済みタクシーチケットには、乗車日時、乗車区間、使用課室名、発行責任者氏名、使用者名、車種類、料金、車両番号、運転者名等々の記載がされているのであるから、そこに直接本件条例六条一項各号所定のいずれかの情報が記載されているか、あるいはそこに記載された情報によって間接的に右のような情報が明らかになる場合があり得る。したがって、本件使用済みタクシーチケットの公開非公開の決定に当たっても、行政庁に裁量の余地が残されているのであって、かような行政庁の第一次判断権は尊重されなければならない。よって、明白性の要件は満たされていない。

(2) 原告は、請求一が認められても、請求二が認められないと、実施機関が、更に非公開情報に該当するとの理由で非公開決定を行うなどして、本件使用済みタクシーチケットの公開を先延ばしにし、その間に保管期間が過ぎたとして本件使用済みタクシーチケットを廃棄してしまうおそれが極めて大きいから、緊急性及び補充性の要件を満たすと主張しているが、原告が主張するような事情は、当該公文書の保管期間の長短にかかわらず、保管期間経過間際の公文書について、常に起こり得る事柄であり、そのような場合には常に請求二のような義務付け訴訟が認められなければならないことになり、そのこと自体不合理である。また、本件条例六条一項各号所定のいずれかの情報が記載されているか否かの判断にどれだけの時間がかかるかは、当該対象文書の枚数等具体的な事情によって異なるのであり、原告が主張する不都合なるものも単に事実上のものにすぎず、事前救済が認められなければ重大な損害が発生するものとは到底言えない。したがって、緊急性及び補充性の要件も満たされていない。

第三  争点に対する判断

一  被告の各行為が、抗告訴訟の対象となる公権力の行使に該当するといえるか(争点1)。

1  抗告訴訟の対象となる公権力の行使とは、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」と解される(最高裁昭和三九年一〇月二九日判決民集一八巻八号一八〇九頁)。

2  前記争いのない事実等に記載したように、本件回答(甲二)は、愛知県総務部長が、原告の本件公開請求に対し、本件使用済みタクシーチケットが本件条例二条二項に規定する公文書に該当しないとして、当該部分に関する請求は受理できないと回答するものであり、その後、実施機関である被告が行った本件決定(乙一)においては、本件使用済みタクシーチケットに関する請求について判断されていないことからすると、本件回答をもって、被告は、本件使用済みタクシーチケットに関する公文書公開請求に対する意思決定を行ったものと解される。

3 愛知県民は、本件条例に基づき、実施機関に対し、公文書の公開を請求する権利を有するものであり、本件回答により、原告は、本件条例で認められる右効果を受けられなくなるのであるから、本件回答は、直接国民の権利を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められたものとして、公権力の行使に該当すると解される。

4  被告は、本件条例の定める公文書公開請求権は、憲法二一条で保障された権利そのものではなく、本件条例によって具体的に創設された権利であるものであるので、その権利の法的な性格の解釈に当たっては、本件条例の規定する文理及び趣旨に則してなされなければならないところ、本件条例一一条が、行政不服審査法による不服申立て等を認め、争訟性があるものとしているのは、本件条例二条二項において定義する「公文書」の公開請求に対し、実施機関が本件条例八条一項に基づいてなした決定についてのみであり、本件使用済みタクシーチケットは、決裁、閲覧等の手続が終了したという要件を満たさないので「公文書」ではないから、本件条例で争訟性があるものではないと主張する。

5  しかし、愛知県民は、本件条例により、公文書の公開を請求する権利を有するのであり、それが、本件条例六条に定める公開しないことができる公文書に該当するかどうかと同様に、公文書であるかどうかについて不服申立てができるものと解さなければ、その効力を争う方法がないものであり、実施機関において公文書でないとした場合に争訟性がないものとはいえない。

したがって、本件回答は、本件条例所定の公文書公開の要件に該当しないので受理できない旨の内容を伝える事実の通知に過ぎないものではなく、不受理処分と評価できるものである。

6  なお、被告は、本件回答が、手続的にも、公開、部分公開、非公開の決定通知書とは異なる様式・方法によって請求者に通知されていること、実施機関の長とは別の愛知県総務部長名で通知されていること、不服申立ての教示もないことから事実の通知に過ぎないと主張するが、通知の様式・方式は処分性の決定要素の一つに過ぎず、本件回答の名義が実施機関の長でないとしても、前記認定のとおり、本件回答が、本件請求に対する本件使用済みタクシーチケット部分についての、実施機関の意思決定と評価できるものであり、総務部長が実施機関の長からの委任を受けて処分を行ったものと評価できるし、不服申立ての教示がないことも処分性の決定要素の一つに過ぎないから、いずれも前記認定を左右するものではない。

7 以上から、本件回答は、公権力の行使に該当するものと認められ、抗告訴訟の対象となる。

二  本件使用済みタクシーチケットは、本件条例二条二項の公文書に該当するか(争点2)。

1  本件条例において、「公文書」とは、①実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した、②文書、図画、写真及びスライド(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、③決裁、閲覧等の手続が終了し、④実施機関が管理しているものをいう(本件条例二条二項)。

2  本件使用済みタクシーチケットが、①②及び④の要件を満たすことは当事者間に争いがない。

そこで、本件使用済みタクシーチケットが、③の要件を満たすかどうか、検討する。

3  証拠(乙二、五、六)及び弁論の全趣旨によれば、③の要件の内容に関し、次のような事実が認められる。

(一) 昭和六〇年三月二八日、愛知県に相応しい情報公開制度作りを推進するため、各界、各層の有識者二五名の委員をもって情報公開懇談会が設置された。情報公開懇談会は、六回にわたり、公開の会議で審議を行い、同年一〇月、その成果を報告書として取りまとめた(乙五)。

右報告書においては、「2 対象情報」として、「制度の対象とする情報は、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、帳票、図面、地図、写真、スライド、マイクロフィルム並びに磁気テープ及びコンピューターからの採録物で、決裁、供覧等を終えたもので、実施機関が保管、管理しているものとする。」と定義され、その理由を、記録媒体、職務性及び対象情報となる時期の三つの面から説明している。職務性の面では、「実施機関の職員が職務上作成し、又は取得したものに限定し、職員が職務に関連して個人的に作成し、又は取得した資料、メモ類等は、県として対外的に責任が持てないことから、除外することとした。」とされ、対象情報となる時期の面では、「この制度のもとでは、開示の可否は最終的に行政訴訟で争い得るものであるため、制度の対象とする情報は、県が当事者として責任を持ち得るものでなければならないと考え、決裁、供覧等の公的処理を終え、機関意思の加わった時点から対象とすることとした。」と説明している。

(二) 愛知県は、情報公開懇談会の報告書を受けて、昭和六一年二月の定例愛知県議会に「愛知県公文書公開条例案」(以下「本件条例案」という。)を提出した。右条例案は、昭和六一年三月一八日開催の総務企画委員会の審議に付され、同委員会において、本件条例案二条二項の「公文書」の規定について、「①決裁の意義を明らかにされたい。②閲覧終了文書について、どういう文書がどの段階でどうしたら閲覧完了となるのか。③閲覧等の等とは何か。④外部から提出された文書で閲覧完了までどの程度かかるのか明らかにされたい。」旨の質疑がなされ、これに対し、「①決裁とは、最終の決裁権者が行う決定処分をいう。②閲覧とは、意思決定を要しないような文書の存在、内容を県として了知し確認するための手続である。③審議会等における決定・合意を想定している。④把握していない。」との答弁がされた(乙六)。

同委員会において、本件条例案は賛成多数をもって原案どおり可決され、同月二六日の本会議において可決・成立し、同年一〇月一日から施行された。

(三) 愛知県が作成した「公文書公開事務の手引」改訂版(乙三)によると、本件条例の解釈運用基準として、「決裁、閲覧等の手続」とは、愛知県事務決裁規程、愛知県文書管理規程のような、実施機関において定めている事案決定等に係る手続をいう。閲覧の手続の終了とは、供覧文書の回付が終了したことをいうとされている。

4  以上のように、立法過程において、制度の対象となる情報として、「決裁、閲覧等の手続が終了し」という要件を加えたのは、決裁、供覧等の公的処理を終え、機関意思の加わった時点から対象とすることとしたものであり、専らその時期を考慮して設けられたものであること、文言上も公文書の内容を限定するものと解するよりも、時期について述べたものと解することが自然であること、閲覧は県における意思決定を要しない文書について、その存在、内容を県として了知し確認する手続であり、それと対比すると、決裁の手続が終了というのは、その内容を限定するものではなく、機関意思が加わった段階を指すと考えられること、県が当事者として責任を持ち得るものでなければならないとの考慮は、職務性の観点から、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得したものに限定し、職員が職務に関連して個人的に作成し、又は取得した資料、メモ類等を除外したことにより図られていること、以上を考慮すると、本件条例二条二項が、決裁、閲覧の手続が終了する前の文書を公開請求の対象となる公文書から除いているのは、決裁、閲覧の手続が終了していない段階、すなわち事案が未処理の段階で機関意思が加わっていない文書については、事案の適正な処理のために未だ公開に適さないと考えられるからであり、そのような文書も決裁、閲覧の手続が終了し、機関意思が加わった段階に至れば、公開請求の対象となるものとされているのである。

そして、決裁、閲覧の手続の終了した文書を公開しながら、決裁、閲覧の手続が予定されていないような文書を公開の対象から除外すべき合理的理由はないから、同項は、決裁、閲覧の手続の予定されていない文書については、その事案処理のための使用が終了し、かつ、その文書を基に作成された文書の決裁が終了した段階で機関意思が加わったものとして、公開の対象となる公文書に含める趣旨であると解すべきである。

5  証拠(甲三)及び弁論の全趣旨によれば、愛知県総務部財政課においては、各タクシー会社から請求書と共に郵送又は持参の方法により出納事務局に届けられた使用済みタクシーチケットは、総務部の主管課である財政課が受領し、総務部全体の予算経理事務を総括する経理担当の職員が、請求書の利用日、金額等チケットの内容に相違がないかをチェックした後、財政課の庶務を担当する人事総務担当の職員に渡され、その職員において使用済みタクシーチケットの利用日、利用区間、利用者、金額を確認し、その後、請求書に使用証明を行い、その確認が終わった時点で使用済みタクシーチケットの利用目的は達せられ、以後の支出命令発出の手続においては、愛知県財務規則(乙四)六四条二項に基づき、支出金調書に債権者から提出された請求書(ただし、これには右の使用証明がされている。)のみが添付され決裁に回される(甲三)ことが認められる。

6  右認定によれば、本件使用済みタクシーチケットは、決裁文書に添付されることはなく、それ自体を供覧する等の手続も予定されていないものの、実施機関の職員が職務上取得し、請求書と照らし合わせてチェックされたうえで保管されている文書であるから、所定のチェック手続が終了し、請求書の決裁が終了した段階から、公開の対象となる公文書に含まれる。

7  よって、被告が、本件使用済みタクシーチケットを公文書でないとして行った本件回答は違法であり、取り消すべきものである。

三  請求二について、無名抗告訴訟(義務付け訴訟)の要件を満たしていうか(争点3)。

1  本件請求二は、被告に対し、本件使用済みタクシーチケットの公開を義務付ける無名抗告訴訟であり、本件請求一で取消しを求める処分の実行を求めるものである。

被告は、原告が請求一において、その取消しを求めているのであるから、それ以上に申請満足型義務付け訴訟の性格を有する請求二のような請求をすることは不適法な訴えの提起として許されないと主張する。

たしかに、わが国の行政事件訴訟法は取消訴訟中心主義を採っていることからすると、取消訴訟が可能な場合に、取消しを求めている処分の実行を求める訴えは、原則として、不適法といわざるを得ない。しかしながら、取消訴訟ができる場合であっても、取消訴訟によったのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、処分の実行を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合にまで、認めないことは相当ではない。したがって、①行政庁が当該行政処分をすべきこと又はすべきでないことについて法律上覊束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないと認められ、しかも、②事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であり、かつ、③他に適切な救済方法が無いという各要件が満たされる場合に限り、認められるというべきである。

2  そこで、右例外としての要件を満たすかどうか検討するに、本件使用済みタクシーチケットが「公文書」であるとされた場合には、実施機関はこれを公開するか否かを判断するに当たっては、本件条例六条一項各号所定のいずれかの情報が記載されているか否かの判断をすることとなるが、本件使用済みタクシーチケットには、乗車日時、乗車区間、使用課室名、発行責任者氏名、使用者名、車種類、料金、車両番号、運転者名等々の記載がされているのであるから、そこに直接本件条例六条一項各号所定のいずれかの情報が記載されているか、あるいはそこに記載された情報によって間接的に右のような情報が明らかになる場合があり得る。したがって、本件使用済みタクシーチケットの公開非公開の決定に当たっても、行政庁に裁量の余地が残されているのであって、このような行政庁の第一次判断権は尊重されなければならない。

よって、明白性の要件は満たされていない。

3  したがって、その余の要件について判断するまでもなく、本件請求二は認められない。

四  結論

以上のとおり、本件訴えのうち、不受理処分の取消しを認める訴えは理由があるから認容することとし、義務付け訴訟を求める訴えは、不適法であるから却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・野田武明、裁判官・佐藤哲治、裁判官・達野ゆき)

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